罪と罰 太宰治の人間失格から
『人間失格』というと、太宰治の有名な小説ですが、主人公がいろいろと人生について考えながら、「罪の反対は罰なのか?」と自問自答をするシーンが出てきます。
私は高校生くらいの時にこの小説を読んだのですが、その時にはたしか、この主人公と同じように「罪の反対は罰だ!」と感じたと思います。
しかし、「罪の反対は罰」というのは、なんという怖い考え方だろうと思います。
最近、「怒り」という感情について、よく考えさせられる時があります。
他者に対して「怒り」という攻撃性を持ちやすい人は、その心の根底には「不安」や「怨み」など、様々な負の感情がわだかまっている人ではないでしょうか?
「罪」の反対は、「許し」であると思います。それは、宗教的な精神というよりは、もっと生活的なものであり、コミュニケーションにおける一つの知恵であると感じます。
「怒り」の感情の背後には、「不安」や「怨み」の感情がありますが、その感情は、他者から受けた「攻撃」や「無関心」、「無情」や「不道徳」、つまり他者の「罪」から起因するものです。
人生を楽しく生きていくためには、私達は「許し」ていかなくてはなりません。
なぜならば、「罪」の反対は、「許し」であるからです。
そして、それは自分自身の罪を埋め合わせていくものです。
なので、許せば許すほど、人生は幸せになっていくという、一つの知恵になると言えます。
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